上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
ホームページの宣伝、アクセスアップの無料検索エンジン「サイト登録.com」 ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログ王ランキングに参加中!

人気ブログランキングへ

豊臣秀吉 「かわいい息子とキスできずに残念」の手紙 - まとめブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

豊臣秀吉 「かわいい息子とキスできずに残念」の手紙

toyotomi_hideyoshi_01.jpg

1 : 2017/05/04(木) 11:08:56.86 9
秀吉も子どもには弱かった?

豊臣秀吉といえば天下統一を成し遂げた日本史上の大英雄。「戦国一の知恵者」とも呼ばれる秀吉だが、子どもにはメロメロだったようだ。第二子・拾(ひろい)に宛てた手紙では、その様子がうかがえる。

【現代語訳】
〈(追伸)おかか(淀殿)には手紙でも申しますが伝えてください。乳をよくよく飲ませなさいとお申しください。

(本文)先日は普請場まで見送ってくれて満足です。しかしながら人が多くて、思いのままに口吸い(キス)ができなかったのが残念で、忘れられません。
まんかか(北政所)へも、言伝を確かに届けました。すぐに行って、口を吸いましょう。……馬を見たければ、そちらへ引き寄せてご覧なさい。
……そなたのことをなんでも見る鏡があって、見えていますよ。おかかに口を吸われてはなりません。油断なさるな。〉

豊臣秀吉は手紙好きだった。家族など身近な人々に自筆でしたためた手紙は自由奔放な言い回しが多く、秀吉の素顔に触れられる。

なかでも、53歳で得た長男・鶴松亡き後に生まれた第二子・拾(秀頼)に宛てた手紙からは、過剰なまでの愛情が伝わってくる。子に「口吸い」(キス)をしていたというのにも驚く。

「子供に口吸いという愛情表現をしていた戦国武将は、後にも先にも秀吉しかいないと思います。
晩年にできた子供ということもあってより深い愛情が感じられ、現代にも通じるものがあります」

拾の母である淀殿に対しても、嫉妬の気持ちを露わにしているのが微笑ましい。手紙を受け取った拾は、まだ字も読めない乳飲み子だった。






2 : 2017/05/04(木) 11:10:34.71 0
何この猿


3 : 2017/05/04(木) 11:11:56.25 0
戦国時代はある意味国際性豊かだった
キスも舶来文化でも拡散していったのかも知れない


4 : 2017/05/04(木) 11:38:31.43 O
キモッ(笑)でも虫歯菌に感染しなくて良かったじゃないかw


5 : 2017/05/04(木) 11:53:44.82 0
ああ そっちの息子か


6 : 2017/05/04(木) 11:54:26.41 0
淀殿にク○ニしたいって手紙も残してただろ、このエロ猿
あれも口吸いって表現だったような


7 : 2017/05/04(木) 11:59:15.30 0
戦国武将には珍しく男色の気がないといわれた儂ではあるが
稚児は別じゃ


13 : 2017/05/04(木) 13:22:08.71 0
まあ、憶測に過ぎないけど血は繋がってなかったろ。


14 : 2017/05/04(木) 14:41:18.74 0
昭和までは接吻って言ってた


15 : 2017/05/04(木) 17:36:12.14 0
俺の愚息を口吸いしてくれ!


17 : 2017/05/04(木) 19:26:03.70 0
くっせ最悪


18 : 2017/05/04(木) 20:25:03.25 0
急いで口で吸え


10 : 2017/05/04(木) 13:10:14.83 0
ほっぺにチュウぐらい許してやれよ
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。